INTERVIEW

2019.09.24

お金と真剣に向き合った経験は、FPとしての強みになる――株式会社FPフローリスト取締役 柳澤美由紀

フリマネ編集部によるインタビュー。第三回目は、女性FPによる個人相談や女性FPの養成にも積極的に取り組む、株式会社FPフローリストの取締役 柳澤美由紀さんにお話を伺ってきました。子供時代に経験した大変な苦労や、FPを目指している女性へのメッセージを語って頂きます。

FPになるきっかけは副業のライティングから

————これまでの経歴や、ファイナンシャルプランナー(以下、FP)になられたきっかけを教えてください。

もともとは、リクルートのグループ会社等で求人広告を作る仕事をしていました。当時は朝早くから夜遅くまで、とにかくハードワーク。結婚を経てそろそろ子どもが欲しいと思ったとき、この働き方では子育てと仕事の両立は難しいと思うようになっていました。そこで、家でできる仕事にシフトチェンジしていくことを考え、ライターの仕事を副業として始めることにしたんです。25歳のときでした。

 

日中は広告代理店、夜はライター業という生活をしていた頃、あるとき知り合いの編集者から「マネー記事を書かないかと」という話がありました。経験も知識もない私でしたが「マネー記事って書ける人少ないんだよね」という言葉を聞いて、“どうしたら書けるようになるんだろう”と考えた結果、スクールに通うことを思い立ったのです。そしてスクールの情報誌でFPという資格があることを知り、“これを取ればお金に詳しくなれる、記事も書けるかも”と思いスクールに通い始めました。そこでFPの初級資格であるAFPを取ったんです。

————初めはAFPを取得されたのですね。

はい。でもAFPを取っただけではそれから何をどうしたら良いか分からなくて。経験が必要と思ったので、AFPを取った翌年、FP会社に転職しました。

その会社で、社長からFPの最上級資格であるCFP®の勉強を勧められたので、取得を目指すことに。まわりからは「一夜漬けで大丈夫」「いきなりでも6科目合格できる」と言われていたので甘く見ていたら、見事に全落ちしてしまいましたね(笑) その後3年かけて、CFP®を取得しました。

————全落ちですか(笑) やはりそれだけ取得が難しい資格なのですね。試験勉強はどのようにされていたのでしょうか。

試験に全落ちした当時、CFP®を持っていなかったとしても日々の仕事量は膨大でした。知識がない中色々なことを任されていたので、余計に要領が悪くなってしまっていたんです。睡眠時間も2~3時間ほどでした…。

その中で私が実践していたのは、とにかく過去問を解くこと。参考書を読んでもよく分からないし時間がかかってしまうので、5年分の過去問を「生命保険」等の分野別に切り貼りしてひたすら解いていく。そうして苦手分野や分からないことを徹底的に潰していきました。CFP®の試験は、近年どんどん難しくなっているようですね。

CFP®を取得して仕事の幅が広がった

————CFP®を取得されてからは、どのようにお仕事をされていたのでしょうか。

CFPを取ってからも、実際の業務内容はAFPの頃とあまり変わりませんでした。ただし、研修講師の仕事を頂けることが増えましたね。やはり講師を務めるには最上級資格がマストになるところが多いようです。あとは引き続き、マネー記事も並行して書いていました。

そうしていくうちに独立してやっていくイメージが湧いて、2000年に独立しました。当時はFPの数も少なかったので、マネー記事のライティング業務がメインでした。

————FPフローリスト代表取締役である圦本さんとの出会いは、どのようなきっかけだったのでしょうか。

私、本多静六さんという方をリスペクトしておりまして。学生の頃から計画を立てて莫大な財産を築いた人物なのですが、あるとき圦本の家計相談セミナーに参加したら、圦本がその本多さんの話をしていて、意気投合したんです。それ以来の付き合いですね。

その後圦本からの誘いがあって、FPフローリストをやっていくことになりました。

今も人脈や仕事の幅を広げるため、同業者のセミナーには参加するようにしています。

お金に苦労した子供時代、母の姿がFPの仕事に活きている

————少し経歴の話に戻りますが、柳澤さんは子どもの頃から相当な苦労をされたようですね。

小学生の頃、私の家はごく普通の家庭だと思っていました。それがある日突然、借金の取り立てに遭ったのです。原因は父のギャンブルによる借金でした。父は金遣いが荒く、色々なところで隠れて借金をつくり、ついにはサラ金にも手を出してしまったんです。返済できなくなった父は行方不明となり、祖父母が肩代わりをして全財産を失いました。そんな父は私が大学に入る直前に突然倒れ他界しています。

 

両親は私が中学2年のときに離婚し、それ以来母は私と弟を女手一つで育ててくれました。将来は大学に進学したいと思っていた私を見て、母は住居費以外の生活費をなんと月8万円と決めて、お金を貯めながらやりくりしてくれていたんです。

高校受験のとき、私は入学金と授業料が免除となる特待生制度がある私立高校を探しました。その中で特待生のほかに特別進学クラスのある高校を見つけ、“ここなら塾に通わなくても国公立大に行けるかも”と思ったので、すぐ母に相談しましたね。母は快諾してくれ、学校から推薦をもらってその高校に特待生として入学することができました。高校に入学してからも、県外の大学に行きたい一心でコツコツ勉強していたのでした。

 

母の給料は当時17万円ほど。私の大学進学費用をつくるには、当時住んでいたアパートの家賃も相当な負担でした。そこで母は市役所に相談して、家賃1万8千円の長屋を紹介してもらうことに。また、母子家庭がもらえる手当の受給手続きも済ませて、それらも貯蓄に回してくれていました。

しかし、大学入試の共通一次に失敗して第1志望だった国立大は受けられませんでした。そのため、国公立レベルに学費の安い私立大を探すことにしました。そこで見つけたのが関西大学です。受験したのは当時できたばかりの学部で明るい感じがしたのもあって、ここに行きたいと思うようになりました。そこでまたしても母は、「お金はあるから大丈夫」と快諾してくれたのです。そして試験にも無事合格。奨学金ももらえたので、あとはアルバイトや母の援助で、なんとか大学を卒業することができました。

 

母は、私が大学を卒業したあとも生活費8万円のルールを変えませんでした。結果、母がずっと心に決めていたマンション購入も叶えられたんです。私の母は自分で決めたことをコツコツと実行できるタイプなので、お金を貯め、私と弟を守ってくれました。

————壮絶な子供時代だったのですね。

そうですね。ただ、当時からコツコツとルールを決めてお金のやりくりをしてきた母の姿が、今のFP業務の軸になっていると思います。お金が無いから市役所へ行って安い家を紹介してもらったり、手当を受給する手続きをしたりって、やはり行動に移さなければ結果にならないですから。

サラ金の取り立てを経験してからは、お金に対してネガティブなイメージを持っていました。でも母の姿を見てきたことで、自分もお金と向き合うようになりましたし、実際の相談を受ける際も経験をもとに説得力のあるお話しができると思っています。

これからFPを目指す方には、何で自分はFPを目指そうと思ったのか、ぜひそのきっかけや経験を大切にしてもらいたいと思いますね。

結婚、妊娠、出産…ライフイベントが多いからこそ女性におすすめしたい、FPという仕事

————FPフローリストからも、数々の女性FPを輩出していらっしゃるそうですね。

はい。やはり女性のほうが家計に対して向き合う機会が多く、そして聞き上手であると思うんです。今後さらに多くの女性FPを育てていけたらと思っています。FPという仕事は、結婚や出産などライフイベントの多い女性に、良いと思います。

弊社のFPの中には、「ママ友から携帯料金の相談を受けることが多いから、それに特化してみる!」というママさんが居ました。その方のように、自分の得意分野があるとなお、FPとして強みになると思います。ですがやはり、先ほどもお話しした通り、お金に対して真剣に向き合った経験があるかどうかが一番です。その経験は、履歴書の内容よりも絶対に強みになるはずですから。

あとがき

会社を経営されている方にはこれまでもインタビューしてきましたが、FPとして仕事をされていらっしゃる方への取材は初めてでした。CFP®取得までの勉強法やどうやって仕事のシフトチェンジを図ったか等、実際にあった具体的なお話しは役に立った方も多いのでは。柳澤氏の話しからあらためて思うのは、“行動に移すことの大切さ”。「マネー記事を書けないか」と言われてFPの取得まで目指したり、苦労された学生時代にはとにかく調べて、勉強して、高校や大学を選んだり、普通なら途中で諦めてしまいそうなことを最後まで行動に移してきたことで、今の柳澤氏があるのだと思います。FPを目指す、目指さないに関わらず、自分に出来ることをコツコツ続けていくことが大切であるとあらためて感じました。(フリマネ編集部)

柳澤 美由紀 -Miyuki Yanagisawa-

長崎県出身。関西大学社会学部で産業心理学を専攻。
「専門知識と真心で、日本の家計を元気にする」を使命に活動するファイナンシャル・プランナー(CFP®/ 1級FP技能士)。
1997年よりFPとして活動を開始し、ライフプラン、家計の見直し等の個人コンサルティングを主軸に、ライフプランセミナー等の講演活動も行っている。相談件数800件以上。現在は、株式会社FPフローリストと家計アイデア工房を経営している。